2017.9.4 (Mon)

歴史上の人物から学ぶビジネスの神髄(第2回)

デメリットをメリットに変える長宗我部元親の経営眼

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 戦国時代に四国を制圧した名武将として、今も語り継がれているのが、土佐の長宗我部元親(ちょうそかべ もとちか)です。戦場での勇猛さを語られることが多い元親ですが、長宗我部家の当主として、確かな経営眼で土佐を豊かにするための舵取りを行ったリーダーでもありました。

 元親は「一芸に熟達せよ。多芸を欲張るものは巧みならず」という名言を残しています。あれこれと欲張らずに、1つのことへ集中すればトップクラスになれるという意味です。その言葉を実践したことで、元親は四国を制圧しました。その一芸という手法は、現代ビジネスにおいても学ぶべきことが多く含まれています。元親の姿勢や言葉の端々から、その成功で使われた手法を解説します。

視点を変えることで経済基盤を変革した手腕

 長宗我部氏の嫡男として生を受けた戦国大名、長宗我部元親は、青年期まで必要なときだけ口を開き、奥深い部屋によくいたことから「姫若子(ひめわこ)」と周囲から評されていました。

 しかし、そんな元親に対する周りからの評価が変わったのは、22歳のときの初陣、戸ノ本の戦いでした。先陣を切って敵をやりでなぎ倒す元親の姿から、評価は「土佐の出来人(できびと)」という武将らしいものへと一変します。また初陣を含む出征の途中で父が亡くなりますが、その跡を継いで元親は出征を勝利させたことで、長宗我部家の当主という地位を不動のものにします。

 その後、元親は土佐統一、さらには四国を制圧します。しかし、元親が治めていた土佐は、決して豊かな土地ではありませんでした。山が多いため、米の収穫量が少なかったからです。

 農民たちから年貢として徴税していた米が国の財源となっていた時代です。米の収穫量は、戦国大名の経済力や軍事力に直結していました。そのため米の収穫量が少ない土佐を強国にすることは難しい課題だったのです。

 元親は米が収穫される田ではなく、山に目をつけます。山から伐採した木を、材木にして京都や大坂で売り、貧弱だった土佐を潤わせていきます。元親は「御用木」という命令を出し、木材を米のように管理して専売するという体制を構築します。

 地理によるデメリットをメリットに変えるという、元親が経営者としての鋭い視点を持っていたことがうかがえる事例です。視点を切り替えることで活路を見出すことは、企業を成長させるためには必要な能力の1つです。

勇猛ではなく、敬意による外交を行なった元親

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