2017.9.29 (Fri)

子供たちが熱狂! 懐かしのヒット商品の裏側(第12回)

逆境の中、創意工夫が結実した学研『科学』『学習』

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 戦後日本の出版史で、金字塔となる記録を樹立した小学生向け学習雑誌に、学習研究社(現・学研ホールディングス、以下学研)の『科学』と『学習』シリーズがあります。同誌は『1年の学習』『1年の科学』というように、小学生の学年ごとに刊行されていました。最盛期に両誌(12誌)は発行部数の総計が、670万部を突破。当時の子どもの3人に2人は読んでいたといわれ、文字通り「国民的」な学習雑誌の地位を獲得していたのです。

 なぜ『学習』と『科学』は、それだけの部数を発行できたのでしょう。

より子どもと教師に寄り添った学習雑誌を創刊

 書店で新雑誌を流通させるには、出版社が他誌で一定の発行実績を持っていなければ、取引部数が少ない、もしくは扱わないという商習慣がありました。創業したころの学研も同様で、書店で新雑誌を流通させるのは難しい状況でした。

 また教育現場では、戦争の荒廃から教科書や施設などあらゆる物資が不足し、戦前の教育カリキュラムは否定されて、教育指針が定まっていない状況でした。そのような状況で1946(昭和21)年に創刊されたのが『学習』でした。

 同社の創業者である吉岡秀人氏は、日本の教育を復興し、教育現場で不足する学習教材を補える水準の学習雑誌を作ろうと企図したと述べています。こうした大きな視点に基づく編集方針から、『学習』にはユニークな記事が誌面を飾るようになります。

 『学習』には “「できる」よろこびとふかく学びとるチカラを”というコンセプトがありました。子どもの「ふかく」学びとるチカラを育むために内容は学習指導要領に即したものにすると同時に、掲載される月号を実際の授業の進捗と足並みを揃えました。この配慮から授業の補助教材としても使いやすいものとして評判を得ます。

 「よろこび」という面では、大衆的でとっつきやすい誌面にしたことが挙げられます。同じ内容でも描き方や扱い方を分かりやすく、かつ楽しく読めるように心掛けた構成です。軽めの読み物に仕上げたり、ときには人気漫画家を起用するなどして、四角四面で敬遠されがちな学習誌のイメージを変え、戸口を広くしようとしたのです。今でこそ、こうした楽しい娯楽雑誌の装いをとる学習誌も見かけるようになりましたが、当時としては新鮮なものがありました。

 そして特筆されるべき工夫が『科学』の「付録」です。1957(昭和32)年に創刊された『科学』は、1963(昭和38)年から付録つきとなります。これは安易に「物で釣る」という狙いではありませんでした。そこには、「科学の夢」が包み込まれた科学の広い世界へ橋渡しをする役目を与えられていたのです。

 同社には、1950(昭和25)年に映画局という部署が発足しています。創業者の吉岡氏は、紙媒体だけでなく映像でも、小学生たちに学習への興味を掻き立てる映像作品を制作していました。

 それの立体版といえるものが付録だったのです。それらは、人体標本や解剖セット、色水実験キット、金属鉱物や岩石の標本、簡易的な顕微鏡、カメラ、鉱石ラジオなど、手に取ることで広い科学の世界に足を踏み入れる第一歩となるものでした。

 それらはコストを抑えて低廉な価格にしつつも、チープで興味本位な構成にはしませんでした。核心となる原理を理解させつつ、魅力的に仕上げる手腕に優れていたものです。

 さらに表面的な面白さよりも、子どもが使ったときの安全までを配慮し、企画やアイデアを取捨選択する良心的な姿勢も持っていました。そうした点が学校や家庭での信頼を得て、『学習』と『科学』は日本PTA全国協議会推薦の学習雑誌として認められたのです。

子どもも口ずさんだ独特の販売システム

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