【特別企画】スペシャルインタビュー「あの有名人が語る!」(第17回)

「泡沫候補」東国原英夫はなぜ有権者に選ばれたのか

posted by 小池 晃臣

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 東国原英夫氏といえば、お笑い芸人「そのまんま東」として活躍しながらも、政治家になるため40代で大学へ通い、2007年には宮崎県知事、2012年には衆議院議員に選出されるという、異色の経歴の持ち主だ。

  なぜ東国原氏は、お笑い芸人から政治家という、極端なキャリアを歩むことができたのか。前編では、子供の頃に周囲の期待に応えるべく努力した経験や、師匠であるビートたけし氏の出会い、そして“泡沫候補”と呼ばれながらも県知事に選ばれた苦労と努力について紹介する。

期待してくれる人がいると「裏切ってはいけない」と必死になってしまう

──東国原さんはお笑い芸人、大学生、県知事、国会議員という、大変独特なキャリアを積んでいますが、もともとお笑いや政治に興味があったのでしょうか

 いえ、小学4年生までは“美術系”で、絵ばかり描いていました。

──失礼かもしれませんが、東国原さんが“美術系”だったとは意外です

 私もそう思いますよ(笑)。美術の先生に期待されて、ほとんど毎日、美術室で絵の特訓を受けていました。でも、結局コンクールには入選できませんでした。内心では「俺は先生が期待するような美術の才能溢れる子どもじゃないんだ!」と叫んでいましたよ。

 ですが、5年生で転校したことで、スポーツばかりやるようになりました。前の小学校はスポーツが盛んで、特に水泳で有名だったのですが、転校生の私も当然水泳が得意だと思い込まれて、水泳大会のクラス代表に選ばれてしまいました。実は私、当時はまったく泳げなかったんですが、満場一致で選ばれてしまいました。みんなが期待を込めた熱い視線で自分を見つめるので、とてもそんなこと言い出せませんでした。

 泳ぎが上手な叔父に、近所の川で毎日マン・ツー・マンで特訓を受けました。その川は深くて流れも速く、しかも濁っていて蛇もウヨウヨいるというとんでもない環境でした。濁っているので目をつむり、蛇から逃げながら本当に死に物狂いで泳ぎました。今振り返ってもあれが私の人生で最大の努力だったと思います。

──まるでマンガのような話ですが、大会の本番はどうだったのでしょうか?

 本番は、特訓の癖で目を閉じたまま真剣に泳ぎました。自分でもかなり速いとわかり、手がプールの壁に当たった瞬間、これならば一位間違いなしと確信し、ガッツポーズを決めながら「やった!」と叫びました。

 ……ですが、プールを囲む空気が止まっていて、おそるおそる後ろを振り返ると、他の選手たちは横に向かって泳いでいました。つまり、私は目を閉じていたため方向がわからず、直角に曲がってプールサイドに到着してしまっていたわけです。一瞬の沈黙の後、皆が私を指差して、爆笑していました。不運にも目の前には母親がいて、気まずい表情を浮かべていました。もう、あまりの恥ずかしさに、このまま溺れてしまいたいと心のなかで叫んでいましたよ(笑)。

 でも、この経験から笑いの真髄を学びました。爆笑されてものすごく恥ずかしかったのですが、それとともに快感のようなものを感じました。その恥ずかしさがバネになって、6年生になると市の大会で記録を更新して優勝し、県大会にも出場できました。

──皆を笑わせる点と、皆に選ばれて期待に応えようと努力する点は、のちの東国原さんの人生につながった出来事のようにも思えます

 自分に何か期待してくれる相手がいると、相手を裏切ってはいけないと必死になってしまうタイプかもしれません。小学校の卒業文集にも “将来の夢はお笑い芸人と政治家になること”と書きました。

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