【特別企画】スペシャルインタビュー「あの有名人が語る!」(第15回)

突然の業績不振、無印良品元社長はどう対処したのか

posted by 小池 晃臣

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 人気ブランド「無印良品」の衣料品から家庭用品、食品など日常生活全般にわたる商品群の企画開発・製造から流通・販売までを行う企業が、株式会社良品計画だ。国内直営店312店舗、商品供給店102店舗、さらには海外で344店舗を展開するこのグローバル企業にも、かつて大きなピンチに見舞われたことがあった。

 その渦中に、同社のトップに就任したのが、現在は経営コンサルティング会社「松井オフィス」の社長を務める松井忠三氏だ。松井氏はどのような方法で、無印良品を再生へと導いたのか。

わずか1年で約4千億円の企業価値を喪失

──2001年に、業績不振のまっただ中にあった良品計画の社長に就任したのは、どういった経緯からだったのでしょうか

 もともと私は大学卒業後1973年に西友(当時の社名は西友ストアー)に入社し、そこで人事部門に籍を置きながら、各種制度の構築、幹部社員の意識改革研修などを担当していました。

 良品計画は1989年に西友から独立しましたが、私は人事制度などを整備するため、1991年に西友から良品計画へ移りました。そして1993年には取締役となり、現在のネット通販「MUJI.net」につながるインターネットビジネスを立ち上げました。1999年に専務取締役となったのですが、当時は創立以来11年連続して増収増益という右肩上がりの状況で、まさに絶好調といった感じでした。

 ところが、2000年の少し前より、急激な業績不振に陥ってしまいました。私は責任を取って退任した前社長のあとを受け、2001年1月に急きょ社長に就任することとなったわけです。無印良品が初めて減益を経験したのは、私が社長に就任してすぐの2001年2月の決算でした。

──まさに先発ピッチャーが炎上中に緊急登板したという感じですね

 その通りで、マウンドに立たされた以上はとにかく少しでも早く鎮火せねばと必死でした。しかし、世間の風当たりは強く、例えば私が決算発表で少しでも良い点などを発言した内容は、どこの新聞にも取り上げられませんでした。その一方で、「無印の時代が終わった」とマスメディアに書かれてしまったり、株式市場のアナリストからは「一度凋落した日本の専門店で、その後復活したところはこれまでにひとつもない」と断言されたりと、厳しい言葉ばかり投げかけられました。

 もっとも、それも無理のないことでした。なにせ2000年2月に1万7,350円あった株価が、2001年2月には2,750円にまで落ち込んでいたのです。それを時価総額にすると約4,900億円から770億円への下落になるので、実に4,100億円もの企業価値が1年で喪失してしまったわけですから。2001年8月中間期には、38億円の赤字に陥りました。

リストラはあくまでも応急措置。リストラで立ち直ったケースなどない

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