【特別企画】スペシャルインタビュー「あの有名人が語る!」(第11回)

“倒産寸前”はとバスをV字回復に導いた社長の苦闘

posted by 小池 晃臣

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 東京都の職員から、倒産寸前のはとバス社長に就任し、わずか4年で累積損失を一掃して同社を再建へと導いた宮端清次氏。その役人出身らしからぬ意識改革と組織改革の手腕は、各ビジネス誌でも話題となった。

 しかし、たった4年で累積赤字を解消した背景には、相当な苦労があったことが想像される。その苦難の道を、宮端氏本人に聞いてみた。

「融資はできないが潰さずに再建しろ」

──1998年に破綻寸前だった株式会社はとバスの社長に就任したのは、どういった経緯からだったのでしょうか

 私は元々東京都の交通局長を勤めていましたが、都庁での定年を前に「東京都地下鉄建設」という会社に出向し、都営大江戸線の建設に携わっていました。大江戸線の全線開通に向けて指揮をとり、その頃は全線開通をきっかけに引退しようと考えていました。

 ところが、1998年の夏に急に都庁に呼ばれて、上司に「はとバスの社長をやってくれ」と言われたのです。「4年連続赤字の会社だけど潰さずに再建しろ」「だけど都から融資はできない」という、あまりにも厳しい条件で、正直不満も大きかったです。

 しかし自分の仕事人生を振り返ってみて、都庁に35年も勤めてお世話になったのだし、都が筆頭株主の会社がピンチであるのなら、多かれ少なかれ自分にも責任があるのではと考え、引き受けることにしました。

リストラではなく、全社員で「痛み分け」する道を

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