【特別企画】スペシャルインタビュー「あの有名人が語る!」(第4回)

H.I.S.澤田会長が語る、成功を支えた“失敗”の数々

posted by 篠原 克周

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 日本を代表する旅行業者のひとつが、H.I.S.(株式会社エイチ・アイ・エス)である。同社はリーズナブルな航空券や海外/国内旅行パッケージを扱いながら、テーマパークやホテルなどの観光業、航空事業、エネルギー事業、植物工場など、ビジネスを新たなフィールドに広げている。

 本連載では、現取締役会長の澤田秀雄氏に対し、前編でH.I.S.黎明期の苦労や工夫を聞いた。後編では、新たなビジネスに挑んだバブル崩壊以降を中心に、成功を支えた失敗談、同社が描く今後の展開に迫る。

社員が300人を超えた時に、組織が“グラッ”となる

――前編はビジネスが軌道に乗るまでの1980年代の話が中心でしたが、今回は1990年代以降の頃について聞かせて下さい。H.I.S.は1993年に、新宿南口に国内最大級の店舗「トラベルワンダーランド」をオープンさせましたが、当時の日本はバブル崩壊のまっただ中でした。あえて打って出たのは何故ですか。

 確かに当時は日本全体が落ち込んで、旅行業界も慎重傾向にありましたが、当社は成長を続けていたので、下を向くわけにはいかなかった。そんな時、ワンフロアが1,682平方メートルもある新宿の物件に空きが出ました。いい場所が安く借りられる条件が揃い、チャンスだと思って勝負に出たのです。

 当社はバブル期に、家賃が安い浅草に“避難”していたので、創業地である新宿に戻りたいという気持ちもありましたし、「日本一の店舗」をつくるぞという強い気持ちも後押ししました。

 オープニング初日は、香港4日間19,800円という格安料金の商品を売り出したこともあり、ビルの前に長蛇の列ができて大盛況でした。マスコミでも多く報道されたので、かなり宣伝効果がありました。その後も勢いに乗って、成長を続けていきます。

――ほぼ順調のように聞こえますが、組織運営の面で苦労はありませんでしたか。

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篠原 克周

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