2018.4.20 (Fri)

元気な企業はどこが違う?成功企業の戦略とは(第60回)

数千億円の赤字から1年で蘇ったヤマハ発動機の改革

posted by 地蔵 重樹

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 オートバイや船舶、自転車などを中心とした輸送用機器メーカー・ヤマハ発動機は、2018年1月1日付で、柳弘之社長が代表権のある会長に就く人事を発表しました。柳氏はリーマン・ショック後の業績が低迷していた時期に社長へ就任し、同社の業績回復を主導した人物です。そのリーマン・ショック後の業績悪化は、同社にとって一番の危機だったともいわれています。

 その危機に陥った原因が4つあったことから柳氏は「四重苦」と呼び、その複合的に重なり合う苦境から脱するべく、さまざまな改革に取り組んだのです。

新興国の成長により約1年でV字回復

 柳氏がヤマハ発動機の社長に就任したのは2010年3月。この年、同社は創業以来の危機に直面していました。

 2009年12月期には2,161億円もの純損失を計上。それを受けて同年10月末に梶川隆氏が社長を引責辞任しています。その後を戸上常司氏が引き継ぎましたが病気で入院したため、同年12月4日には木村隆昭氏が代行として代表取締役に。そして翌年3月に柳氏が正式な社長に就任します。半年足らずの間に社長が4回も交代しており、外部からは業績低迷による混乱と映りました。

 柳氏はこの業績不振の原因が4つあるとし、それらを「四重苦」と呼んでいました。その4つとは、リーマン・ショック後の先進国での急激な需要減少への対応が遅れたこと、膨らみすぎた在庫問題、過度の成長路線で膨らんだ固定費、そして為替変動による超円高です。

 輸出への依存率が高い企業で、これだけ不利な環境だったにも関わらず柳氏は、早くも2010年12月期には黒字転換を果たしました。本人は、新興国の急激な成長のおかげで幸運だったと語っていますが、その後もV字回復が続いたことからも、決して運任せであったとはいえません。

四重苦を解消させたのは新製品の開発中止!?

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地蔵 重樹

地蔵 重樹

フリーライター。ニュースサイト、オウンドメディアなどのWebコンテンツや、書籍のライティングを行う。著書に『〈アウトライン記述法〉でA4一枚の文書がサクサクつくれる本』(日本実業出版社)などがある。

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