2018.3.16 (Fri)

元気な企業はどこが違う?成功企業の戦略とは(第59回)

新日本プロレスは「埋もれた魅力」の再発見で低迷脱却

posted by 山田 尚明

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 1972年に設立された新日本プロレスは、設立メンバーであり不動のエースでもあったアントニオ猪木氏のカリスマ的人気を背景に、ブームを牽引してきたプロレス団体の1つです。新日本プロレスの試合は、1970年代から1980年代にはテレビ地上波のゴールデンタイムに放送されていたので、記憶に残っている人も多いのではないでしょうか。

 人気を極めた新日本プロレスですが、1998年に猪木氏がプロレスラーから引退すると、人気、業績ともに下降をはじめます。さらに1990年代後半、PRIDEやK-1による総合格闘技ブームが起こることで、業績低下に拍車がかかります。新日本プロレスは状況の打破に乗り出そうとしたのですが、2000年代になるとオーナーの猪木氏と経営陣が対立して、猪木氏は経営から身を引くことに。さらに現役選手が離脱する事態も起こり、倒産寸前の状態まで追い込まれます。

 転機が訪れたのは2012年のことです。新日本プロレスは、カードゲームやキャラクター商品などを手がける企業・ブシロードに買収されます。そして社長にはブシロードの社長だった木谷高明氏が就任し、さまざまな施策を行って観客を呼び戻すことに成功。2017年までの5年間は右肩上がりで業績が回復しています。

 復活の原動力となったのは、カードゲームやキャラクタービジネスで成功を収めたブシロードのプロモーション力と、興行収支の精査でした。

ブシロードはなぜ買収に踏み切ったのか?

 1996年には売上高が過去最高となる40億円を記録した新日本プロレスでしたが、猪木氏の引退、選手の離脱や興行の失敗というコンテンツとしての魅力低下と、総合格闘技ブームという外部環境などにより、2004年には30億円あった売上高が、2005年になると14億円までに下落。その後数年間に渡って10億円台というどん底状態が続きます。

 2011年の売上高は11億円まで下降しましたが、2012年、ブシロードに買収されます。オーナー企業になったブシロードは、もともとはカードゲームやキャラクター商品などのコンテンツ開発を行っていた企業でした。ブシロードとつながりが強いのはアニメやゲームの業界であり、プロレスとはあまり結びつかないように思えます。

 当時のブシロード社長(現取締役)の木谷氏は1960年生まれで、高校時代はプロレスの大ファンでした。しかしブシロードが新日本プロレスを買収したのは、単に木谷氏がプロレス好きだからではありません。

 ブシロードは買収以前から、新日本プロレスの試合で興行スポンサーとしてサポートしていました。その中でリングに上がるレスラーたちの姿を見ていて「プロレスには、まだまだ埋もれている魅力がある。レスラーのキャラクター(個性)をアピールできれば、新日本プロレスは再び人気に火がつくだろう」と感じていたそうです。そのために自社の武器であるコンテンツ開発のノウハウを注入すれば、ビジネスチャンスにつながると考えたのです。

イメージ先行の広告戦略で新規観客を誘い込む

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山田 尚明

山田 尚明

大学院卒業後、メーカの営業企画部署にて5年半、カタログ・Web制作や展示会の運営などのプロモーションに携わる。その後IT企業にて1年半インターネット広告の運用を担当。現在はフリーランスとしてIT、ビジネス、健康、金融、ニュースなどさまざまなジャンルの記事を執筆するとともに、Webサイトの制作やコンテンツマーケティング、インターネット広告の運用などの業務を行う。

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