元気な企業はどこが違う?成功企業の戦略とは(第57回)

全社員に「自分が責任を取る」精神で日立はV字回復

posted by 柿生 亜実

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 電力、原子力、鉄道、ネットワークインフラなどを手がける総合電機メーカーの日立製作所は、日立鉱山の一部門として1910年に創業されました。

 その後、日立は日本最大規模の総合電機メーカーとして発展するも、リーマンショックが起きた2008年度には、7,873億円という赤字を出しました。しかし、2009年度に行った改革により、2010年度にはバブル期以来の純利益を生み出すというV字回復に成功します。また2013年度には、創業以来最高額となる営業利益5,328億円を計上しました。

 2008年に日立が危機的状況へ陥った要因としては、リーマンショックの影響で、国内市場にコスト削減の動きが出て、設備投資などの買い控えが起こったことと、グローバル化により海外市場での競合争いが激化し、劣勢となったことなどがあげられます。

 そのような危機的状況で、日立はいかにして業績を回復することができたのでしょうか。V字復活の立役者である、当時の日立製作所取締役・代表執行役会長兼執行役社長 川村隆氏の著書『ザ・ラストマン 日立グループのV字回復を導いた「やりぬく力」』をもとに、その道のりを紐解きます。

日立をV字回復させた3つの施策

 日立が劇的な回復を果たしたポイントとしては、赤字部門から撤退または縮小し、利益を生み出す事業に注力したことにあります。利益を生み出す事業とは、世界の中で1~2位を争える分野のことです。社会インフラ事業などの総合電機メーカーである日立ならではの強みが生かせるものや、市場全体は縮小傾向にあっても、最後には日立だけが残存者利益を見込めるものなどになります。

 そのような視点をベースに、日立がV字回復を果たすために行った取り組みとしては、重要事項はトップダウンで行う、社内カンパニー制、上場しているグループ会社を子会社化などでした。

 重要事項のトップダウンとは、2009年4月に川村隆氏が社長兼会長に就任した際に変更した、意思決定体制の仕組みのことです。緊急性のある事項に関しては、社長兼会長と5人の副社長の計6人だけで、100日間という期限を区切って、意思決定するように変更しました。これにより決定までの時間が短縮され、被害を最小限に食い止めることができました。川村氏はスピードがなければ被害は大きくなると考えていたからです。

 社内カンパニー制とは、事業内容によって、本社を6つの組織(カンパニー)に分けたことです。各カンパニーは、普通の会社と同じレベルで財務状況などの経営管理を行います。導入以前は、ある事業の収益が悪化しても、総合電機メーカーゆえに全社規模の収益がプラスとなっていると、それが目立たない傾向がありました。しかし、この制度により財務状況も独自管理となると、全社という隠れ蓑がなくなります。またカンパニーの裁量に任される部分が多くなり、自然とカンパニー間で競争意識が芽生え、隠れ蓑に安穏とする気質は弱まりました。

 最後にある、上場しているグループ会社を完全子会社化したのは、各子会社に流れていた利益を、本社へ取り込むことが目的でした。グループ会社ならば、本社以外の株主も存在します。本社の意向を組んで、業績を子会社があげても、利益はそれらの本社以外の株主にも流れることになります。川村氏はこれを「顕在化していない赤字」と捉えて、株式の買い取りによる完全子会社化によって、本社の利益を増やしたのです。

しがらみのない改革を断行させたもの

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柿生 亜実

柿生 亜実

神奈川県出身。私立大の日本文学科卒。大手IT企業の総務部門に15年間勤務後、図書館司書などを経てフリーに。2014年から執筆活動を開始。主に、得意分野である旅行(海外・国内)や映画、読書関連の記事を執筆している。

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