2017.12.1 (Fri)

元気な企業はどこが違う?成功企業の戦略とは(第45回)

いすみ鉄道の「何もない」を強みにかえた逆転の発想

posted by 地蔵 重樹

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 房総半島の東側沿岸部にある千葉県いすみ市の大原駅から内陸に向けて西走する、わずか約27kmのいすみ鉄道というローカル線があります。今時、珍しいディーゼル列車が走っていることも特徴の1つです。

 観光資源の少ない田舎を走る列車ですが、休日になると観光客で賑わいます。そんないすみ鉄道は、2008年まで赤字が続き、廃線寸前という経営状態でした。その状況から蘇ったのは、観光資源が「何もない」ということを売りに転換したブランディング戦略だったのです。このようなブランディング戦略で蘇ったいすみ鉄道は、地方再生を目指す全国各地の地方から注目される存在となっています。

廃線の決断を迫られた赤字ローカル線の再建

 いすみ鉄道の路線は、もとは国鉄が運営していた木原線でした。しかし赤字路線であったため、1987(昭和62)年の国鉄民営化に伴い第三セクターが譲り受けて、いすみ鉄道として再出発することになりました。

 ところがその後、乗客がさらに激減したため、2008年には2年後までに業績が回復されなければ、廃線という状況にまで追い込まれます。このとき、いすみ鉄道は毎年1億円を越える経常損失を続けていたのです。

 経営を立て直すために、民間から経営者(社長)を公募し、2008年にバス会社の社長だった吉田平氏が就任します。そして新駅開業や各種イベント、駅名と路線名のネーミングライツを募集するなどの施策を打ち出していったのです。

 しかし翌年に千葉県知事出馬のために吉田氏が社長を辞任することになり、再公募で元ブリティッシュ・エアウェイズ旅客運航部長だった鳥塚亮氏が社長に選ばれ、舵取りをすることになりました。

 鳥塚氏は、当時は少なかった「観光列車」という構想や斬新なアイディアを次々と繰り出して、廃線寸前だったローカル線の再建に成功したのです。

 いすみ鉄道のある千葉県夷隅(いすみ)郡は、公共交通機関よりも自家用車のほうが普段の足となっている地域でした。つまり地元の利用客が増加するということは見込めない状況です。鳥塚氏は、地元の利用客増ではなく、いすみ鉄道と夷隅郡が持っている個性を、観光客へ発信するというブランディング戦略を選択しました。

観光資源が「ない」ことを売りにする

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地蔵 重樹

地蔵 重樹

フリーライター。ニュースサイトやオウンドメディアなどのWebコンテンツや、書籍のライティングを行う。著書に『〈アウトライン記述法〉でA4一枚の文書がサクサクつくれる本』(日本実業出版社)などがある。

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