2017.9.27 (Wed)

元気な企業はどこが違う?成功企業の戦略とは(第38回)

トヨタも一目置いたマツダならではの「モノづくり」

posted by 津山 角雄/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

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 2017年8月、自動車メーカーのトヨタとマツダの資本提携が発表されました。年間販売台数で世界1位を争うトヨタが、中堅企業のマツダを支援したようにも見える提携ですが、マツダのモノづくりに対する姿勢に、豊田章男社長が一目をおいたことがきっかけともいわれています。

 現在は一目を置かれるマツダですが、数度の経営難を経験してきました。1979年に最初の経営難からフォードと資本提携し、その傘下に入りました。しかし2009年のリーマンショックによりフォードが経営難に陥り、マツダとの提携を解消。フォードという後ろ盾を失ったマツダは窮地となります。そこからマツダは、「コモンアーキテクチャー」という開発体制と、「フレキシブル生産構想」という生産体制で、商品の魅力と利益率を向上させることにより経営を立て直したのです。

多品種大量生産が経営を悪化させた

 1970年代の石油ショックにより、マツダは経営不振に陥り、フォードとの資本提携を始めました。しかし1980年代後半からのバブル経済崩壊のときに、マツダは多品種大量生産の落とし穴に嵌まります。バブル期に、国内の販売店を5つグループに細分化し、カーラインナップを30車種以上に広げるという拡大路線を取ります。しかし、バブルが崩壊すると大量の在庫を抱えてしまったのです。それが原因で、マツダは1993年から3期連続の大赤字となります。その窮地を、フォードが出資比率を増加させるという救済で凌ぎました。

 フォードの傘下に入るということは、大量生産しても在庫を捌ける世界的な販売チャンネルに加わったことになります。またフォードと共同で部品や材料を大量購入するので、コスト削減も図れます。コストだけではなく、開発費用もフォードとの協業や委託により潤沢な資金を確保できるようになりました。

 同時にマツダの独自性は薄れることになります。商品開発ではフォードグループ全体の経営戦略が重視されるようになり、マツダ独自のものが強く反映される機会は減少します。

 生産体制においても、フォードフループの規格に準じた部品を使って生産したほうがコストを抑えられるので、それに頼ることが前提となっていました。生産ラインも開発のように協業や委託が進み、同じ部品・車種を「大量」に生産する効率が追求されます。

 ところが、2008年のリーマンショックがフォードの経営に大きな影響を与えます。フォードは経営を立て直すため、マツダの株式を売却。36年間続いた資本提携が解消されました。

 この解消により、マツダはフォードの商品開発・生産体制からの転換を余儀なくされます。同時にマツダにもリーマンショックの余波が襲いかかりました。マツダの株価は下落し、またしても経営難を迎えます。

多種少量生産を実現する「コモンアーキテクチャー」

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津山 角雄/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

津山 角雄/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

三重県の山間地から様々な情報を発信するマルチなライター。2005年から7年間、農業をしながらエッセイを寄稿(雑誌「地上」(家の光協会 刊))。現在はWEBメディアを中心に、パソコン関連、住宅関連など数多くのテーマを手がける。また、地元の地域ボランティアに20年在籍し、リーダーも努めている。

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