2017.9.15 (Fri)

元気な企業はどこが違う?成功企業の戦略とは(第37回)

ユニクロを成功に導いた、独特の接客・販売手法とは

posted by 高田 樫央

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 海外1,071店舗という国内の834店舗を上回る販売ネットワークをもつファストファッションブランドがユニクロです(2017年5月末時点)。山口県宇部市という、瀬戸内海に面した小さな街のメンズショップからスタートし、今や「世界のユニクロ」へと成長しました。

 ユニクロが国内で成長した過程と、海外展開を成功させた戦略から、企業を成長させる秘訣を読み解いていきます。

「UNIQLO」のロゴは書き間違いから生まれた

 「ユニクロ」という名称が、その前身である「ユニーク・クロージング・ウェアハウス」の略称であることは、知っている方も多いかもしれません。1988年に香港支社を設立した際に、会社登記の書類に「UNI-CLO」を「UNI-QLO」と書き間違えて登記し、以降「UNI-QLO」というブランド名が正式に使われるようになったのも、有名な話です。

 1990年代のユニクロといえば、今のようにプライベートブランド製品を取り揃えるのではなく、ナイキやリーボックなどといった、スポーツブランド製品を数百円台で販売するような店舗でした。

 1997年ごろから徐々にプライベートブランド製品の比率を増やしていき、1999年には「フリース」が大ヒットしたことで、売上は約4倍にと急増しました。

 当時ユニクロが目指した業務形態は、海外のファッションブランド業界で提唱されていたSPA(製造小売業)です。生産と小売りが直結されることで中間マージンを排除した業務形態により、お客さまに良質で低価格なファッションを提供することを目標としていました。

 日本ではまだ目新しかったSPAを取り入れたのと、当時は有り得なかった「接客しないファッションブランド」を確立することで、ユニクロは国内の成功を収めたといえるでしょう。「接客しない」とは、スタッフからお客さまに声をかけるのではなく、お客さまから声をかけられたら接客するというスタイルです。

2006年に本格化した海外事業への挑戦

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高田 樫央

高田 樫央

フリーライター。製造業を中心に通訳・翻訳業に従事した後、フリーライターに転身。IT・セキュリティソリューション関連情報を中心に執筆。Webマーケティングに精通している。

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