元気な企業はどこが違う?成功企業の戦略とは(第31回)

離職率ほぼゼロ!人材流出を防ぐ日本レーザーの理念

posted by 山下 正之助

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 優秀な人材を離職させないことは、企業にとって重要な課題です。この課題へ取り組み、10年以上離職率がほぼゼロを実現している企業が、日本レーザーです。同社がこの課題に取り組む前は、赤字続きで倒産寸前の業績でした。

 その赤字続きから23年間連続黒字までに回復させたのが、倒産寸前の時期に社長就任した近藤宣之氏です。同氏の離職率ゼロと黒字回復を両立させた経営理念や、人材の流出を防げた理由について取り上げます。

倒産寸前から4年で累積赤字を一掃した経営理念とは

 日本レーザーは、レーザー機器や光学機器の輸入を行う専門商社です。電子顕微鏡などの理化学計測機器メーカーである日本電子の子会社として、1968年に設立されました。

 レーザー機器専門商社の草分けであった日本レーザーは、バブル崩壊以降、業績が下降の一途を辿ります。1993年になると、経営環境の変化や当時の経営者の誤った経営判断により債務超過に陥りました。主要な取引銀行から融資を断られ、倒産寸前まで追い込まれます。

 一部上場企業が親会社であるにも関わらず、銀行から融資を断られるという厳しい状況の中、日本電子から出向したのが近藤宣之氏です。同氏は、日本電子で労働組合執行委員長や、社員1,000人のリストラ、アメリカ法人を再建させた経歴を買われて、1994年に日本レーザーの5代目社長に就任します。

 創業時から日本レーザーの歴代社長は、親会社から出向されていました。近藤氏の前に就任していた社長たちは、親会社の役員と兼務や、海外取引経験の少なさ、経営マネジメントに不慣れなどの理由で、日本レーザーの経営は安定していませんでした。同時に社員は不明確な人事待遇などに不満を抱えていました。近藤氏は、それらの問題に対応できる経験が豊富ということもあっての人選です。

 社長に就任した近藤氏は、まず社員へ経営方針を打ち出します。それは人事評価を能力・業績主義を主としながらも、社員を「大切」にする理念主義を組み合わせるというものです。

 もともと専門商社である日本レーザーの人事評価は、メーカーである親会社の制度をそのまま使っていました。しかしメーカーと商社では業務内容が違うため、日本レーザーの人事評価は成績と給与が比例していないことという問題点がありました。そこで近藤氏は、インセンティブ制度をベースとした独自の人事評価システムを作ります。

 インセンティブ制度の導入は能力・業績主義にあたりますが、理念主義に掲げたのが「リストラをしない」と「完全フェアな人事評価」です。リストラは人件費が抑えられるので、手っ取り早く赤字を減らすためには有効な手段です。しかし、リストラは業績の向上につながりません。

 日本電子時代の社員1,000人のリストラや、アメリカ法人の再建から得た経験を通じて、近藤氏には、社員一人ひとりの成長がなければ会社の業績は回復しないという考えを抱いていました。そこでインセンティブ制度の評価基準を社員に明示・説明し、フェアな人事評価を浸透させたのです。

 近藤氏は「会社は社員が自己実現(成長)するための舞台である」と考えています。会社は社員が成長するための、仕事という「場」を提供することが最大の使命であり、その場を台無しにする赤字は「経営者にとって犯罪的行為だ」と断じています。そのため近藤氏は理念主義の経営方針として、「リストラをしない」と「赤字にしない」を社員に対して約束したのです。

 この経営方針は社員たちにモチベーションを呼び起こしました。それにより日本レーザーは近藤氏が就任した初年度から単年度で黒字に転じます。そして社員たちは評価を上げるべく努力を惜しまなかった結果、累積赤字や不良債権、不良在庫を4年で一掃し、完全なる再建を果たしたのです。

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山下 正之助

山下 正之助

国公立の美大卒業後、大手広告代理店などでクリエイターとして勤務。現在はフリーライターとして活動中。アートに関するキュレーターコラム、ビジネスコラムなど執筆多数。

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