2017.5.9 (Tue)

朝礼ネタ帳(第88回)

仙台を繁栄させた、伊達政宗の”一手先を行く”経営術

posted by 小池 理茂

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 「伊達政宗」というと、戦国時代の猛将というイメージを持っている人も多いかもしれません。ですが、リスクの分散やマーケティングといった政策を行うことで、仙台を発展させた“経営者”の側面も持っている人物です。

戦国時代に生まれた、太平の世のリーダー

 政宗が生まれたのは1567年のこと。この時、織田信長は35歳、豊臣秀吉は30歳、徳川家康は27歳で、政宗はどちらかというと、戦国時代の“晩年”の生まれになります。ちなみに、昨年の大河ドラマ『真田丸』の主人公である真田信繁(幸村)も同年に生まれています。

 幼い頃から野望にあふれていた政宗は、父から家督を継ぐと、近隣の戦国大名を次々と倒し、一躍、東北地方の有力大名となります。しかし、西日本を中心に圧倒的な力を築いていた豊臣秀吉には逆らえず、秀吉の軍門に下ります。

 その後、豊臣家を倒した徳川家康が天下を取り、太平の世である江戸時代を迎えると、相手国に攻め入ることは幕府によって硬く禁じられました。そのため大名の主な仕事は、「戦」から、自らの藩を豊かにするという「内政」に大きく変化します。政宗は、胸に抱いていた天下統一の野望を諦め、内政に早々に力を入れ始めます。

度重なる天災から学んだ「リスク分散」

 政宗が藩を築いた当時の仙台は、湿地が多く、農作物の栽培には適していない土地でした。領地を流れる河川は度々氾濫し、飢饉も頻繁に発生。太平洋沿岸部では潮風による農作物の被害も出ていました。

 政宗は領地を走りまわり、開墾に乗り出します。しかしその矢先に、慶長の大地震が発生。領地は大津波に襲われ、農地に塩害をもたらしました。

 政宗はこれにひるまず、河川の工事や、潮風から田畑を守るための植林、湿地を改良による新田開発と、次々と復興事業を打ち出します。ところが今度は冷害が発生。自然の脅威が、正宗の内政の道を阻みます。

 ここで政宗が打ち出した政策が「リスク分散」でした。度々天災に見舞われたことをきっかけに、産業の多様化に着手します。気候の影響が少ない分野の産業を興すために、鉱山の開発、養蚕、砂鉄、和紙、たばこの生産など、多岐に渡る専門家を全国から招きました。この結果、職人が育ち、仙台に産業が根付き、藩は復興に向かいます。

江戸における食料の需要の高まりを予測し、先手を打つ

 政宗はマーケティングという面も優れていました。幕府が開かれたことで、江戸の人口が増えると予想し、一手先を行く策を打っていたのです。

 江戸の人口が急増すれば、江戸における食料の需要も増えることになります。そこに気付いた正宗は、江戸との航路がある石巻港に、領地の米を集積する物流整備を図ります。農地の近くを流れる北上川に船を通し、内陸部で収穫された米を、石巻港へと効率的に出荷させました。

 その結果、江戸に流通する米の多くが、石巻港から届けられる仙台藩のものとなりました。表向きは62万石といわれた仙台藩の石高ですが、江戸に流通していたものを含めると、実質は200万石だったのではないかとも言われています。

江戸幕府とも良好な関係を築く「政治家」の一面も

 経営者として確かな手腕を発揮した政宗ですが、一方で江戸幕府にも嫌われないように配慮する「政治家」の一面もありました。たとえば江戸城の堀の造営など、徳川家への尽力も積極的に行い、良好な関係を築きました。

 歴代の将軍にも気に入られました。2代将軍の秀忠は、政宗を後に3代将軍となる家光の後見人に指名するほどでした。また家光は、政宗が命を落とすと、江戸の町じゅうを喪に服させました。さらに、江戸で7日間、京都で3日間、歌舞伎や歌を禁じるほどでした。

 政宗は天下統一という大いなる野望を持っていましたが、時代の流れを察知し、自らの方針を「戦で勝つ」から「内政で勝つ」という時代に合わせたものに切り替えることで、太平の世のリーダーとして見事に名を挙げました。
 
 現代は、流行り廃りの変化が早く、新しいものがすぐに古くなってしまうような、戦国時代以上に価値感の変化が激しい時代です。自社のビジネスのやり方が通用しなくなることもあるかもしれませんが、そんな時は政宗のように、社会の変化に合わせて方針を切り替えるというのも、ビジネスパーソンとしての選択肢のひとつといえるでしょう。

参考文献
「伊達政宗の都 -その歴史と未来‐」(新人物往来刊、飯田勝彦著)
「名参謀 片倉小十郎」(新人物往来刊、飯田勝彦著)
「伊達政宗、最後の日々」(講談社現代新書、小林千草著)

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小池 理茂

小池 理茂

行政職から東日本大震災での被災を経て執筆開始。処女作で地方文学賞入賞。ライターとして開業し、おもにウェブライティングや補助金のサポートなど、企業の販路開拓の支援に取り組んでいる。http://sun.girly.jp/rimo/

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