2016.2.1 (Mon)

キーマンズボイス(第22回)

株式会社乃村工藝社 CC事業本部ワークプレイス事業推進部長 兼 空間DMP事業準備室長 中村 久 氏

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乃村工藝社の歴史は1892年(明治25年)に芝居の大道具方として始まった。
以来“人びとに歓びと感動を与えたい”を旗印に、百貨店や万博における展示の企画・設計・デザインをはじめ、近年では東京ソラマチや渋谷ヒカリエといった大型商業施設の空間演出にも携わった。
売り上げの8割が常連だという同社の絶大な信用力の秘訣や、ICTを活用したこれからのビジョンについて伺った。

株式会社乃村工藝社
CC事業本部ワークプレイス事業推進部長 兼 空間DMP事業準備室長
中村 久(なかむら・ひさし)


プロフィール
1968年生まれ
1992年3月 東北大学工学部建築学科卒
2006年12月 株式会社乃村工藝社入社
2008年2月 C&P戦略本部 S&I事業開発部長
2009年2月 S&I事業統括部長
2013年2月 CC事業本部 企画開発部長
2014年3月 CC事業本部ワークプレイス事業推進部長 兼 空間DMP事業準備室長

大阪万博をきっかけに“ディスプレイ業界”が生まれた!?

――122年の歴史を誇る御社の成り立ちから現在にいたるまで、またターニングポイントとなった出来事などがあればお聞かせください

(以下、広報・IR部 山崎さまからの回答)

私ども乃村工藝社は、創業者の乃村泰資が1892年に高松の芝居小屋に大道具方として入ったのを創業とさせていただいております。その大道具方の仕事が次第に菊人形の舞台の仕掛けづくりに発展し、現在のディスプレイ業につながっていったという流れです。そんななかで当社にとってのターニングポイントとしましては大きく三つあると思います。
一つめが戦後の高度経済成長期に百貨店の仕事を始めたこと、二つめには1970年の大阪万博、そして三つめにつきましては今まさに中村を中心に取り組んでいる事業がそれになっていくのではないかと思っております。

――そのあたりについてのお話をもう少し詳しくお聞かせいただけますか?

まず、一つめのターニングポイントにつきましては、百貨店における店内店外のディスプレイや催事の仕事を数多く請け負わせていただくようになり、これが高度経済成長と相まって当社の飛躍のきっかけになりました。
そして、大阪万博においては当社が主体となり全国のディスプレイ業者を集めてパビリオンなどの企画・デザイン・設計・制作施工に取り組んだ結果“ディスプレイ業界”というものが生まれ、それをきっかけに市場規模自体も広がっていきました。
例えば、それまでは装飾(という仕事)を必要とするのが百貨店の内装など限られた場所だけだったものが、博物館や美術館、企業ショールームなどの“見せる”ということに特化した(装飾や展示の)仕事が増えていったことで、当社の今の事業の原型ができていったのです。しかし、それらはあくまで私どもが持っている制作力や個々のクリエーターによるクリエイティブ力といった“人”の力に頼る部分が大きいものでした。
今、中村を中心に取り組んでいる第三のターニングポイントになりえる事業はそれらにICTの技術を使って数値化したデータなどを加えることで、更に一歩進んだサービスを顧客のみなさんに提供できるものになると考えております。

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